ことの発端は、タイ政府が日本貿易振興機構(JETRO)に展覧会のオーガナイズを要請してきたことでした。
デザイン振興を喫緊の政策課題と考えているタイ政府は、当時さまざまな政策を矢継ぎ早に打ち出していて、TCDCの創設もそのひとつ。展示室、ライブラリー、サンプルギャラリー、カンファレンスルーム、ラウンジなどの諸機能を高いレベルで揃えている、日本にもない立派な施設です。その中にある特別展示室で日本のデザインを紹介する展示をつくって欲しいというリクエストでした。
タイ側の期待は、日本の産業デザインの特性とその背景にあるデザインマインドを知りたいというもの。要するに、日本のデザインのバックグラウンドに横たわっているものを表に引き出して見せてくれ、というわけです。
「我々は日本デザインの秘密を知りたい。日本製品の特徴をつくっているものはなにか? それはどこから来ているのか? 日本人のデザインマインドに背後にはなにが隠されているのか? Why? Why? Why?……」
はじめてのミーティングで彼らはいきなりこう切り出しました。そしてこう続けたんです。「期待するのはこの疑問に答えてくれる展示だ。だから、美しいプロダクトをただ並べて見せるだけ、というのは止めて欲しい」。
タイは自動車やエレクトロニクスをはじめ生産技術は世界水準にあるし、優れたデザインの手工芸品もあります。だけど、ド真ん中が抜けている。国内に産業デザインが育っていないから、世界に通用するオリジナルの製品開発が進まないんですね。
おそらく日本が50年かけて学んできたプロセスをその何分の一かの時間でキャッチアップしたいと考えているのでしょう。「そんな虫のいい話はないよ」と言いたくもなるけど、彼らの気持ちもわかります(笑)。なんとか期待に応えたいと、ぼくは考えはじめました。