ところで、いま話してきたことはすべて情報の送り手と受け手の関係についてでしたが、「 “対話”を通して“関係”をつくる」という空間メディアの性能は、実は、送り手と受け手の間にとどまらず、受け手同士、あるいは送り手同士についても発現します。それらについても簡単に見ていきましょう。
これは六本木ヒルズの名物「朝の太極拳」です。夏休みの早朝、先ほどのSCAの舞台になった六本木ヒルズアリーナで毎年行われている恒例行事です。
街開きした2003年からはじまったのですが、このイベントを計画したときの最大のモチベーションは、ここに暮らす人たちのコミュニケーション機会をつくることでした。
六本木ヒルズには約800世帯が暮らしています。半分は元々ここに住んでいた地権者で、半分は外から入ってくるヒルズ族。まったく背景の異なる人々がひとつのコミュニティをつくることになったわけです。しかも、それまで「向こう三軒両隣」的な下町風のライフスタイルを営んでいた地権者の人たちも、工事中の3年半はバラバラの仮住まいを強いられていました。
そんな彼らが普段着で出てきて自然に挨拶を交わすきっかけをつくりたい。それがこのイベントを企画した動機です。発想の出発点はラジオ体操でした。でもそれでは面白くない。だから少しひねって太極拳にしたわけです。
近未来都市・六本木ヒルズで太極拳。そのミスマッチが楽しいし、インパクトもある。単にアイデアとして面白いだけでなく、「ともに学ぶ」という体験は連帯感の醸成につながるだろうと考えたわけです。
はじめてみたら予想を超える人気になって、連日数百人が集まりました。みんな楽しそうにスタンプを押してもらっている。嬉しかったのは、挨拶を交わす姿があちらこちらで見られたことで、エクササイズが終わったあとも井戸端会議が続いていました。
イベントは参加者相互のface to faceのコミュニケーションを媒介します。それは空間というメディアのとても重要な機能のひとつです。