“ステーキを売るな、シズルを売れ!”
この世界に入って最初に叩き込まれた言葉がこれでした。
シズル(sizzle)とは肉が焼ける音のこと。アメリカにはシズラー(sizzler)というステーキレストランのチェーンがありますが、そのシズルです。
肉を売りたいときに、この肉は○○グランプリで金賞を獲りましたとか、毎日ビールを飲ませて育てましたとか、肉質成分のここが違うんです、といったような能書きをいくら並べたところで、「あー、この肉喰いてー!」とはならない。でも、肉の焼けるあのジューッ≠ニいう音を聞き、匂いを嗅いだら反射的によだれが出る。オレたちの仕事はそのシズルをつくることなんだからな。先輩はそう言いました。
能書きは論理です。人は論理で責めてこられると理性で反応します。だから、「それはそうかもしれないけど、こういうことだってあるんじゃないの?」などと言いたくなる。冷静に対処できるわけですね。
でも、音や匂いは論理じゃないから、理性では対抗できない。焼鳥屋やウナギ屋もそうだけど、煙を嗅いだ途端にのれんをくぐっている。そのとき脳内にはきっと快楽物質がドバドバ分泌されているんだろうと思います。
その状況をつくることが空間の仕事なんだ、と先輩は教えてくれた。理屈で相手を説得するのは他のメディアに譲って、空間は“匂い”で勝負しろ、というわけです。見ていただいた二つの葬儀も、太郎や敏子のシズルに溢れる空間になって欲しいと願いながらつくりました。
大切なのは身体感覚に訴えること。
もちろん、言うは易しくて、とても難しい課題です。ぼくも仕事をする度に悩んでいますが、なかなか思うようにはいきません。