しかし、「やっとできた。これで完成だ」と思ったら、大間違い。これではまだ終われないんですよ。
なにが足りないと思いますか?
ここが太郎と最後の別れをする空間だということはわかった、会場に足を踏み入れただけでそれを感じることができた、としましょう。でも、それだけではまだ“観客”どまりなんですよ。葬儀会場を“見学”している立場に過ぎない。欲しいのは“見学”じゃなくて “参列”した実感です。そうでしょう?
いくら普通の葬式にはできないといっても、葬儀に参列した実感を提供できなければやる意味がない。面白い葬式を見学してきた、と言うんじゃ話にならないわけですね。
そこで考えました。人はなにが揃えば葬儀に参列したと思えるのか?
「記帳」「遺影」「焼香」。この三つだと思いました。この三つの所作を重ねることで、おそらく人は葬儀に参列したと実感する。ぼくはこれを「葬儀の三点セット」と名づけ、会場内のアクティビティに織り込むことにしたんです。
「記帳」は簡単に解決しました。もちろん市販の記帳用紙を使ったりはしません。大きな画用紙と色とりどりのペンを用意して、自由に言葉や絵を描いてもらったんですね。真っ白な紙に、好きなように。「遺影」はすでに最高の写真が手に入っている。駆け抜けてゆく太郎≠ナす。問題は「焼香」でした。
当たり前の焼香や献花をやるわけにはいかない。そこで考えたのがこれでした。太郎さんがつくった梵鐘です。いっぱい角のようなものが生えていて、叩く場所によってぜんぶ音が違う不思議な鐘。これを焼香代わりに叩いてもらうことにしたわけです。
会場のいちばん奥の左側に円筒状の空間をつくり、内部を真っ暗にして、その中で鐘を叩いてもらいました。この梵鐘、タイトルが『歓喜』っていうんですよ。葬儀のクライマックスに“歓喜”がある。いかにも太郎さんらしいでしょう?(笑)。
これが思いのほか実感があったようで、みなさん、ちゃんと葬儀に参列した気分になってくれたようでした。